2021年1月5日 体

 すとんと落ちすぎている肩。大きくはないけれどそれでも確かに丸みを帯びた胸と厚みのある下半身。曲線で形作られている体。それはつまり、私が女であるということ。

  体の形だけではない。体の内で生じる変化も私が女であるということを突き付けてくる。月に一度やってくる生理だが、最近、体に不具合が生じている。これまでそんなことは全くなかったのに、排卵日になると私の体は胃の中にあったものすべてを吐き出し、また、一切の飲み物や食べ物も受け付けなくなった。生理の直前になると、体が火照り頭が痛くなる。これもまた、これまでにはなかったことだし、これらの変化と合わせ生理の周期も不安定になった。

  体という入れ物を、自分の手で選ぶことができたらどれだけ良いだろうか。体調の面ではもちろん、女である私という人間がどのように捉えられているのかということにおいても。

  ある人に「女性の若さなんてあっという間なのだから今のうちに遊んでおきなよ」と言われたことがある。ここでの「女性の若さ」というのはもちろん、身体的な面でのということだ。若さという言葉と身体は切っても切り離せない。

 この言葉を発した人物は若いということに女性の価値を見出しているわけだが、それはつまり「女性の価値は身体にある」とも言えるのではないか。容姿と言い換えることもできるだろう。このような出来事は社会に出たら日常茶飯事なのだろうか。考えただけで虫唾が走る。

 話が少しそれてしまったが、上記の体験を含め女性の体を持っているとなぜか「若さ」でジャッジされることが多いように感じる。ミスコンや最近では女性アイドルグループもそうなのではないかと思う。

 日本の代表的な女性アイドルグループである坂道グループが歌番組に出演しているのをよく見るが、若い女の子たちが「可愛さ」という枠内をはみ出すことなくパフォーマンスしているという印象を受ける。もちろん彼女たちの魅力はそれだけではないのだろうが。卒業という制度にも引っかかるところがある。彼女たちはなぜ卒業していくのか。自分の進むべき道を見つけたという理由もあるのだろう。けれどそこには「もう若くはないからここにはいられない」という側面も見え隠れする。(その点ジャニーズには卒業という制度がない。)

 女性を見るときに、若さや可愛らしさに重点が置かれる点においてミスコンも女性アイドルグループも大差ないのではないか。両者がやっていることの根本は同じように感じる。

 女性の価値は誰の視点を通して形成されてきたのか。女性は誰に見つめられ続けてきたのか。若さや可愛らしさに付いて回る体はただの入れ物にすぎない。

2020年2月10日 宝石になる

 何者かになりたくて、今のままじゃダメだもっと遠くにいける、と信じて疑わない真っ直ぐさゆえの不器用さ。レディ・バードはきっとどこにでもあるありふれた物語なのだろう。

 本当は大好きなはずなのに、素直になれなくてお母さんと喧嘩しまくったり、かっこいい男の子にひょいひょいついて行ってちょっと痛い目を見たり(自分からガツガツ行くのはだめね)セックス が思っていたよりも良いものではないと知ってしまった瞬間とか。どこにでもあるであろうことのはずなのに、一つ一つがなんだかすごく眩しい。

渦中にいる時は傷つきに傷つきやるせない気持ちでいっぱいなのに、少し時が経って離れたところから見てみるとこんなにも愛おしいものななのか、あの時感じた痛みというのは。

 嫌になっちゃうようなこともときめきもそのうちどうやらみんな宝石になるらしい。

2020年3月6日 目まぐるしい

 神保町でパンケーキを食べてから六本木で映画を観て、最後は飯田橋で焼肉を食らう。

 日比谷の道のど真ん中でタクシーをひっ捕まえて六本木に飛び、ギリギリ辿り着いた映画館でミッドサマーを所々笑いを噛み殺しながら観ていたら、隣で観ている先輩も笑いを噛み殺していることに気づいてしまい、余計に笑いを噛み殺すのに必死になってしまった。あれは精神を解放してくれるクスリみたいな映画だ。

 映画を観終え、これで解散かと思いきや、ふらっと入ったミッドタウンでぐだぐだしながら夕飯も食べるかということになり、先輩はその場ですぐに飯田橋のとある焼肉屋に予約の連絡を入れたのだった。行動が早い。前に飲みに行ったときもそうだったな。

 外に出た瞬間、六本木から飯田橋まで地図を見ないで歩いて辿り着けるかゲームが始まる。土地勘が全くない私は先輩の色んなマンションについてのあれやこれやの話を聞きながら適当に歩みを進める。人にひっついて適当に進んでいたら、赤坂見附だったり九段下だったりと気づいたらくるくると目まぐるしく場所が変わっていた。

 目的地の飯田橋に着く。エレベーターのボタンを押して8階へ。扉が開けばそこは焼肉屋

たくさん歩いてお腹がぺこぺこになっていた私たちは一心に肉に食らいつく。食らいつきながら多くのことを話した。今日一日色んなことを話しすぎて大半は忘れてしまったが。

とりあえず覚えているのは、タワマン住みたい(先輩)父親が宇宙人(私)ミッドサマーはカップルで観るとまあまあ面白いだろう(双方)ということぐらい。

 あっという間の一日だった。次は横浜を散策することになりそうだ。

2019年2月2日 春の夜

川沿いを歩く男女。2人とも手に缶ビールを持っている。

女「プーさんって」

男「うん」

女「なんだか蒸しパンみたいじゃないですか?」

男「え?」

女「プーさんって、普段はあの名前が入った赤いシャツ着てるから分からないんだけど、脱がすと黄色くてほわほわしてて、蒸しパンみたいなんですよ」

男「プーさんのあの服、わざわざ脱がす?」

女「ふと、衝動的に脱がしたくなることがあるんですよ。ちょっとした罪悪感というか、後ろめたさを感じたくなることが」

男「でもちょっとしたそういう気分を味わいたいんだったら、プーさんの服を脱がす以外にも何かあるんじゃない?服を脱がすってのはさあ、なんか…」

女「そこにプーがいたから」

男「…酔ってる?」

女「酔ってますね」

男「ちょっと休もうか」

二人、土手に座る。

女「向こうに見える富士山綺麗です」

男「あ、本当だ。シルエットになってて。晴れてる日のこの時間っていいよね、夕焼けが綺麗でさ」

女「いつだか忘れたけど、紺野さん、前にも同じこと言ってました」

男「そうだっけ?進歩ないなあ」

女「私も、いつまで経ってもお酒、飲めないし」

男「ん?」

女「紺野さんといたら、私も少しはお酒、飲めるようになるかなって思ってたんだけど」

男「お酒強い人と一緒にいても飲めるようにはならないでしょう、そんな」

女「私ね、紺野さんがお酒飲むときは慎重に少しずつ飲むようにしてるって言ってたの聞いてからお酒飲むときはそうするようにしてたんですよ。でも、ダメだった。今だってほら、350mml缶の半分で結構酔いが回ってきてるし…」

男「残り、飲むよ」

女「あ、ありがとうございます」

男、女から缶ビールを受け取り残りを少しずつ飲む。

男「俺と付き合ったのってさ、俺がお酒強かったから?」

女、男を少し見つめてから頷く。

男「割と冗談で聞いたつもりだったんだけど…」

女「別に、お酒じゃなくても良かったんです、たまたまお酒だっただけなんです」

男「ん?何が?」

女「私の中で引っかかったものが。その引っかかりに名前をつけるとしたら、多分憧れってやつなんでしょう」

男「あー…、そっか、なるほど…」

少しの沈黙。

男「俺は…涼のいつまでたっても君の名はを観ようとしないところが好きだった」

女「どんなところですか、それ」

男「いや、天邪鬼なことろっていうか」

女「私は嫌だ」

男「嫌なの?」

女「嫌です。自分は他人とは違うんだって思ってる感が露骨に現れていて。私なんかそんな特別な、稀有な存在でもなんでもないのに。…お酒強いからだけじゃないですよ、紺野さんと一緒にいたの。他にも引っかかるものがあったから」

男「そりゃ、それだけだったら悲しいよ」

女「…真っ直ぐだったから。私と反対側のところにいたから。この人といたら、私も変われるかもしれないって思った」

男「…」

女「その真っ直ぐさが持つ引力みたいなものに引かれて私のねじ曲がった部分が真っ直ぐになるかもしれないって、思ったんです。まあでもそんな考え甘っちょろいですよね、何も起こらなかった。引力なんて気のせいだった」

男「うん…俺は、そんなじゃないよ。そんなじゃなかった」

女「遠くにいたら見えたものが、側に寄れば寄ほど見えなくなってゆく。紺野さんに抱いていた憧れってやつの正体はきっとそんなものなんです。遠くにあるからこそのもの」

女立つ。

女「酔い、覚めました」

女歩き出す。

男「俺が」

女、立ち止まる。

男「俺が遠くにいれば…」

女「…」

少しの沈黙。

女後ろに植わっている桜の木を見上げる。

女「あ…桜の蕾だ」

男も木を見上げる。

女「変わらないなあ」